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2006年3月 1日
【重要】中央教育審議会教育課程部会が意見募集開始!
2月28日付けで
中央教育審議会教育課程部会「審議経過報告」に対する意見募集について
先日、 教育課程部会「審議経過報告」が出されましたが、その中で「意見募集」についてアナウンスされていましたが、早くもこの募集が開始されました。
来年までに指導要領改訂の完了が予定されていますから、そのことから考えると、今回の意見募集は今後の方向をつくっていくうえで、きわめて重要なものとなると思います。
今後各教科の部会も開催されていくと思われますが、予測としてはここで上げられた意見等は参考にされるのではないでしょうか。
なお教育課程部会でも美術音楽を大事にしている発言等もありますから、これらのご意見を補強するような意見も大事なのだろうと思います。
なお、意見募集は3月29日までとなっています。
《押さえておきたい内容》
中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 芸術専門部会(第3回)資料6と7
投稿者 山崎正明 : 2006年3月 1日 14:10
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コメント
必修教科美術の存在価値について日々考えている者です。
我々指導者の立場から、この問題について訴えていくことは当たり前なのですが、その際、生徒たちがこの教科の学びについて「どう感じているか」をしっかりと受け止めておく必要があると考えます。一方で「他教科にはない美術でこその学びとは何か」「すべての生徒にとって、美術における学びが、豊かな人生を創造していく上で不可欠なものとなり得えているのか」といったことを真摯に問い直すことが求められていると思うのです。
美術科の教育的役割として情操教育の面が特にあげられると思います。指導書に掲げられているこの教科がめざす「豊かな情操を育む」については方向目標であり、卒業した生徒たちに対し追跡調査でもしなければ、この目標を達成できたかを問うことは困難です。これまでも。この点を前面に押し出した主張をしてきたもののこの危機を打開する決め手としては説得力に欠ける感がありました。では、今、目の前にしている生徒たちのどのような成果を示すことが、この危機を脱する手だてとなるでしょうか。私は、単に発想構想の能力や創造的技能、鑑賞の能力の高まりの成果にとどまるのではなく、美術科を学ぶ価値意識が高められたかどうかを確かめることだと感じています。こうした、生徒の実態を示していくことが必修教科美術の必要性を訴える主張材料になり得ると思うのです。
ここ数年、本校では「形・色・材料を介して学ぶことの価値を実感する生徒の育成」を目標とし、特に第1学年の基礎基本をしっかりと定着させる段階において、小学校段階まで無自覚に親しんできたこれら造形要素が言語外のコミュニケーションのツール(視覚言語としての形色材料)であることを実感させるカリキュラムを工夫してきました。その際、各題材の学習内容に系統的な関連性をもたせた題材配列を行い、表現と鑑賞を一体とした単元構成のもとで授業を展開しています。この実践を通じて、それまで「うまい、下手」で自他の作品を価値づけていた生徒が、「自分のテーマを形や色のはたらきを意識することで伝えることができる」とか「日常においてものの見方感じ方が変わった、日常においていろいろな美しさやよさに気づくようになった」といった自己の変化を自覚してきています。さらに、「美術は単に制作したり鑑賞したりするだけだと思っていたが、自分や他者をより深く理解するために学ぶ教科だ」といった価値意識を深めてきています。このような生徒の実態をみるとき、この教科の存在意義を証明することは可能であると感じるようになりました。また、現行の時間数においても十分成果を示すことは可能であること、後続の学習において系統的発展的な授業構成が明確に行えると感じています。
義務教育終了時点で、「なぜ美術を学ぶ必要があったのか」という問いに対し、生徒一人ひとりが自分の答えを出せるようになることを願いながら授業をつくっていきたいと考えています。
以上、この場をお借りし、私見を述べさせたいただきました。
投稿者 辻政宏 : 2006年3月17日 02:48
辻さん、コメントありがとうございます。このようなコメントがこの場でなされていくことで、このブログが生きてきます。これまでのHPではできなかった双方向の発信が可能になるわけです。
さて、美術教育の存在理由を明確に示すことは非常に大事なことだと思っています。辻さんの提案されていることも大事なことだと思います。
子どもが美術を学ぶことに意義や価値を感じるような授業にしていきたいですね。
それで、辻さんと同じように私は生徒に題材を終えた時、どんな価値があったかを考えてもらっています。これは授業のねらいがどうであったか、そのための授業づくりは適切であったかを見直すことになりますよね。
あれれ、ねらったこととずれてしまっているなあと思うこともあります。これは授業改善に役立ちます。また、教師の気がつかなかったことを価値として感じていることもあり、これまた勉強になります。
それから、授業を通してどんな力が身に付いているかなどは、制作中の生徒の目の動き、手の動きなどにも注目すると学びの質がどうであったかが見えてきます。生徒の学んでいる姿に注目するのも非常に大事でしょうね。
辻さんのいずれ研究発表の日程や内容等もこのブログで紹介できたらと思いますので、その時はメールで原稿をください。
互いに学んで力をつけていきたいですね。これからもどうぞよろしくお願いします。
投稿者 山崎正明 : 2006年3月20日 21:37
美術科の必修教科としての危うさは、他教科に比べ(音楽科はどうかよくわかりませんが)評価規準及びその判定基準が曖昧であることがあげられと思います。おそらく、どの学校でもシラバスを作成して、前もって生徒や保護者に評価の観点などを具体的に示す努力をされていることと思いますが、その際、多くの先生方が国立政策研究所の示している評価規準に照らして各題材の具体的な規準を作っておられるのではないか思います。
シラバスを作成し評価評定を行うようになって、以前よりも確かにその根拠を示すことはできるようになったと感じています。しかし、すでにこの段階で、各指導者によってその規準は他の指導者の規準とはズレが生じているのではないでしょうか。ましてやABCによる観点別評価や5段階評定の段階となると・・・。(もちろん、評価は数値だけではなく、生徒の学習状況における優れている点や努力の跡を称揚し後続の学習活動への励みとなるよういろいろな方法で行うことは言うまでもないことです。)
乱暴かもしれませんが、一部のものについては、全国共通で実施されている技能検定を利用して評価しようと思えばできるものもありますが、この教科のめざすものが生徒一人ひとりの独自の感性の育成であるだけに問題は深刻です。「美術科の学習の到達度をABCによる観点別評価や5段階で評価することは不可能ですしナンセンスです」と思い切って言ってしまった瞬間、「美術科不要論」を後押ししてしまうことになりそうです。(個人的には、美術科としての教科の本質を見極めた上で、美術科の評価評定の在り方について積極的に見直す時期にきているのではないかと感じています。)このような思いの中で、現状において、今できることは「各学年の各題材における指導すべき内容と目標、評価規準と判定基準」に対する各校の美術科担当者の共通理解ではないかと思っています。私の周辺では、近隣の学校の担当者とでさえ、まだこのような取り組みには至っていません。評価評定は避けては通れない問題だけに、こうした取り組みを積み重ねていくことが美術科の必要性を訴えていくための最優先課題だと感じています。もし、このような実践をされている方がおられましたらご紹介頂ければ幸いです。
投稿者 辻政宏 : 2006年3月21日 23:51
辻さん、コメント遅くなりましてすいません。このことについて今がっちり取り組んでいる方がいます。文教大学の三澤一実助教授です。
http://www.nichibun-g.co.jp/library/forme/267/f2670609.htm
上記では概論を述べています(この執筆時より研究は進んでいると思います)が、さらにくわしくやっています。実は昨日三澤さんにお会いしたのでした。「評価の方は任せて!」という心強い一言をいただきました。
投稿者 山崎正明 : 2006年3月28日 01:38
貴重な情報をありがとうございました。早速、三澤先生に連絡を取ってみたいと思います。
さて先日、京都教育大学で開催された美術科教育学会に参加してきました。発表の中で、印象に残ったのは、東アジア諸国の美術教育に関する比較研究でした。中国では美術が音楽や書道などと同じ教科書の中に含まれ中国ならではの芸術科として位置づけらており、また、台湾では中国との民族性の違いを明確に打ち出した内容になっていました。いずれも、美術教育の目標として、自国の文化の理解者継承者を育成しようとしていることを強く感じました。国家としてどのような国民を育成すべきか、これはすべての教科に関わってくることですが、文化に対する理解や価値意識を高め自国を愛する態度や心情を育成していくことは、大変尊いものであることをあらためて感じたとともに、なぜかうらやましく感じました。
戦後60年たって未だなお、「愛国心」=「軍国主義」というイメージがわいてしまう人がいるのは仕方のないことかもしれません。日本人は歴史的に見て多様性をうまく取り入れるとともにときとしてそれまでの文化を否定しながら創り上げてきました。戦後日本は、戦前の国家のシステムを放棄し(正しくは、放棄させられ)新しい国造りを推し進めてきました。しかし、失ったものの代償はあまりにも大きかったのではないでしょうか。文化とは遺産や伝統としてのみ価値があるのではなく、今を生きる私たちの中に息づいてこそ価値あるものになるのだと思うのです。そして、今、私たちが子供たちに育成しようとしている「生きる力」とは、このような精神文化が基盤になってはじめて、「望ましい生きる力」を育成できるのではないかと思うのです。
話がやや大げさになってしまいましたが、日本で美術教育に携わるものとして、自分自身の日本文化に対する見識、理解の浅さを強く感じるとともに、日本の美術や文化を題材とした取り組みがまだまだ不足していることを痛感しています。
投稿者 辻政宏 : 2006年3月31日 01:16